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Tokyo High School Baseball Federation
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連盟の発展とともに −連盟創設50周年にあたって−
東京都高等学校野球連盟
副会長 山本 政夫
 廃墟のなか首都東京に白球が甦った。昭和21年、東京は戦災のため焼野原と化し、どこを探しても野球用具などはなかった。しかし、全国中等学校野球大会復活の報を知った中学校のなかには、4月の新学期とともに野球部の再建をはかる学校があり、練習をはじめる学校も増えていった。物資難のおりから、グローブやバット、ボールを満足に使用できる野球部はなかった。しかし、6月30日から始まった夏の予選大会には、52校もの中学校が参加したのである。「プレーボール!」という声が、空襲のない平和な空に響きわたったのであった。
 昭和23年、学制改革が行われ、中等野球は高校野球に変わった。そして、戦後の混沌としていたスポーツ界も、ようやく順調な歩みを示し始めた。翌24年、新たに東京都高等学校野球連盟が結成され、新しい歴史がスタートしたのである。この年の都予選の参加校は、100チームにものぼった。それから50年、その歳月は、球児とともに、連盟とともに歩んできた私にとって、感慨無量の日々である。
 なかでも、昭和32年の選抜高校野球大会における早稲田実業、昭和51年の選手権大会の桜美林高校、この2つの全国制覇は、私に大きな感激をもたらしただけでなく、東京連盟にとっても、その後の発展・飛躍の土台になるものだったと思う。王貞治選手を投打の中心とした早実の快進撃、大優勝旗がはじめて箱根を越え、東京の高校野球は多年の宿願を果たしたのであった。初出場の桜美林は、チームワークを強固にし、力一杯のプレーを見せてくれた。その快挙は、都のすべての球児たちに勇気と励ましを与えてくれたのである。
 昭和33年、乗(よつのや)智全先生(攻玉社高等学校校長)が、連盟会長に就任された。徳の香り高い人格者であられた先生のもとで、全国一のマンモス連盟は結束し、発展をとげていった。昭和49年、連盟発足以来、中心的な存在として連盟の運営にあたってこられた井上悠助先生が、会長に就任された。井上先生は、永らく副会長を務められた島岡吉郎先生とともに、夏の大会への東京都2代表問題に取り組まれた。そして、両先生の熱意のもとに東・西2代表制が実現したのである。
いま50年の歴史を回想したとき、多くの先人の方々の若者と野球への愛情・情熱を忘れることはできない。ここに先輩諸氏に対し、心からなる敬意を表す次第である。
 かくして、東京都高校野球連盟は、曲折はあったものの、時代に即応し順調な発展をとげてきた。加盟校の増加(平成9年現在、266校)、大会運営の困難克服(10球場による260余試合の実施、都高野連審判部の整備)、各種大会における代表校の戦績向上(選抜5回・選手権4回の全国優勝、特に最近における帝京高校の活躍など)、国際試合の実施(海外遠征5回、親善試合11回)などは、連盟の充実をあらわしていると思う。
 東京都高校野球連盟は、半世紀の節目をむかえ、その偉大な歴史を継承し、21世紀を希望あるものにするために、さらなる努力をつみ重ねていくことを決意するものである。


昭和21年   東京都中等学校体育連盟より独立、東京都中等学校野球連盟を結成。会長に、近藤民雄明大総長就任。
8月 第28回全国中等学校優勝野球大会に、東京高等師範学校付属中学校が東京大会優勝し、出場。(予選出場、52校)
22年 3月 選抜野球大会復活。東京より、慶応普通部、慶応商工の2校出場。
23年 5月 学制改革により「高等学校」に。この年、夏の予選大会の参加校は、104校に達した。
24年 6月 東京都高等学校野球連盟発足。会長に寺尾琢磨就任。
26年   第23回選抜、春の東京、関東大会、学生野球協会結成記念大会、第33回選手権大会、秋の東京、関東大会と多くの大会が開催され、東京勢が活躍した。
32年 4月 第29回選抜高校野球大会で、早稲田実業優勝。大優勝旗がはじめて箱根をこえ東京に。王貞治選手投打に活躍。
33年   会長に乗智全就任。昭和48年まで都高野連の礎を築く。副会長島岡吉郎。
35年   加盟校159校となる。
46年 4月 第43回選抜高校野球大会で、日大三高優勝。
47年 4月 第44回選抜高校野球大会で、日大桜丘高優勝。東京代表2年連続の優勝。決勝は東京同士、日大三高準優勝。
49年   会長に井上悠助、理事長に山本政夫就任。この年の第56回選手権大会より、東京は東・西2代表をおくることになった。(参加校、東91校、西82校)
51年 8月 第58回全国高校野球選手権大会で、桜美林高(西東京代表)優勝。第2回大会(大正5年)における慶応普通部についで、60年ぶり2度目。
12月 早稲田実業が、中華民国に遠征。東京の高校チーム初の海外遠征。
53年   会長に岡本武男就任。加盟校、200校をこえる。
55年   春の選抜で帝京高、選手権で早稲田実業がそれぞれ準優勝。また、都立国立高が西東京大会で優勝、公立校として昭和21年の東京高師付中以来、2度目の甲子園出場。
59年 4月 第56回選抜高校野球大会で、岩倉高優勝。
12月 東京高校選抜チームが、同時に2チーム編成され、オーストラリアと中華民国に遠征。国際親善の役割を果たした。
61年 12月 東京高校選抜チーム、中華民国に遠征。
63年   加盟校、250校をこえる。
6月 都高野連結成40周年記念「感謝の集い」開催。「白球譜―東京都高校野球のあゆみ―」刊行。
平成元年 8月 第71回全国高校野球選手権大会で、帝京高(東東京代表)優勝。東京代表13年ぶりの全国制覇。
2年 4月 春季東京都高校野球大会の出場校、32校から80校に増やす。
4年 4月 第64回選抜高校野球大会で、帝京高優勝。東京代表としては選抜で8年ぶり5度目。
12月 東京高校選抜チーム、中華人民共和国に遠征。5度目の海外遠征。
5年 6月 「白球譜―第2集」刊行。
7年 8月 第77回全国高校野球選手権大会で、帝京高(東東京代表)優勝。東京代表として4度目、帝京高としては、6年ぶり2度目。
8年 7月 選手権大会、東・西東京大会、東・西の区割変更。世田谷区の21校を東東京に編入。東138校、西124校が出場。
10年 6月 東京都高野連結成50周年
  「白球譜―第3集」刊行
11年 7月 都立城東高が東東京大会で公立校として初優勝。
13年 8月 第83回全国高等学校野球選手権大会で日大三高が優勝。東京代表として5度目。
15年 6月 「白球譜―第4集」刊行
16年 1月 初めてプロ野球選手とのシンポジウムが東京で開催。
4月 春季東京都高校野球大会の出場校、80校から96校に増やす。
5月 会長に和田征士、理事長に佐藤道輔就任。
17年 3月 春季東京都高校野球大会でブロック予選を開催し、全加盟校出場となる。


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